千歳マラソン

=出会い・快走・味覚=

東京都:ユッキーさん(2007.08.23掲載)


★その1

 私が千歳マラソンに出ることを決めたのは大会エントリーの締切日の前日だった。

数日前に友人に誘われ、応援に行くだけのつもりが日を追うごとに自分も千歳を走りたいと思ってしまった。
仕事の合間、締め切り1時間前にあわててエントリーを済ませた。
その後エントリーセンターに「ブラインドである事と、自分で伴走者を見つけて参加したい」と告げる。
本来ならばエントリー前に済ませなければならない事だけれども、何しろ締め切り時間が迫っていたので順序が逆になってしまった。 するとエントリーセンターの方が「伴走者もエントリーをしてください」との事。

がーん!

 失敗してしまった! 私は伴走者はエントリーしていなくても良いものだと勝手に思い込んでいたのだ。
だから伴走者は大会当日までに決めれば良いと思っていた。
伴走者を早急に探すなど不可能だ。
それでも諦めきれないで、思い切ってクニさんに相談をした。

クニさんは全国のウルトラマラソンに参加したり、伴走教室を全国で開催したりと、全国的な伴走のネットワークを持つ人だ。
今までの経緯を話すと、しばらくの沈黙。
電話の向こうで固まっているようだ? きっとあきれ果てていたのでしょう。

でも「 北海道で伴走教室を3回も行っている、視覚障がい者で走っている人も沢山いる、具体的に推薦はできないが伴走者さんはいますよ」と言ってくれた。

結局、大会の現地事務局に相談をしたらどうか?とアドバイスされたので即座に北海道へ電話をした。
今から考えると無鉄砲だと思う。 不安いっぱいで電話すると、事務局のNさんは、二つ返事で伴走の方を探して下さると快い返事。

待つこと数日・・・。

突然にガラスがビリビリしそうな明るい大きな声で「伴走の方が決まりました!」との連絡。

これは後から聞いた話なのだが、Nさんはいろいろと検討してくださり、日本盲人マラソン協会の事務局に伴走者の斡旋を依頼したようで、事務局はまたクニさんに相談したそうだ。
クニさんは苦笑しながらも伴走経験者で、この人なら!と思う人を推薦してくださったようだ。
またもやクニさんにお世話になってしまった。とほほ。

その方は「こうめ」さんと言って東京国際にも出られた方で、以前に北海道の伴走教室にも参加され、お互いにそれぞれのブログを通じて活動していると言うことだった。

こうして私と「こうめ」さんは出会うことができたのだ。
見ず知らずの私と、申し込み済みの自分のレースを棄てて走って下さるという気持ちがとても嬉しく、今でもとても感謝している。
私はできるだけ楽しく、安心して走りたいと思い、「こうめ」さんと相談し、大会の前の週末に練習をすることに決めた。

5月26日土曜日、ウキウキしてやや寝不足。 飛行機は定時に千歳空港に着陸した。 到着ロビーの待ち合わせ場所に係員の方と向かうが急に不安になる。 二人がお互いにすれ違って出遭えなかったら、どうしようかと。
そう思った瞬間だった。
はつらつとし、澄み切った声が聞こえた。
電話で何度も聞いた声だ。

ほっとした私を「こうめ」さんは一緒に出迎えに来てくださっていたご主人に紹介してくださる。
3人一緒に車で大会事務局があるスポーツセンターに移動した。

到着すると食事中のようで、いろんな匂いがした。そう言えばお昼の準備をしてくるのをすっかり忘れていた。

「こうめ」さんは準備周到、私に手作りのおにぎりを勧めてくださった、これから走る事を考えて、ぐっとがまんして1個にしておいた。ごちそうさまでした。

スポーツセンターから大会会場までは眼と鼻の先なので下見をすることにした。

1週間後ここを走るのかと思うとわくわくする。 先ほどまで降っていた雨も嘘のように上がり、曇り空ではあるがところどころに晴れ間があると言う。
まるで私を歓迎してくれているみたい!なんてかってに思いながら歩く。

事務局のNさんの計らいでコースを走らせていただけることになった。

一部が私有地になっているらしく、ふだんは入れない所を走れるとのこと。
夢のようだ。ありがたいことである。

雨上がりの澄み切った空気の中、私と「こうめ」さんは走り始めた。
スタートして2キロほどは二人が持つロープを通じて緊張感が伝わってきたけれど、話をしているうちに何となくリズムも安定し、足が合うようになり、リラックスして走れるようになった。

 私と「こうめ」さんの心が通じたのだ。 私はこういう瞬間が大好きだ。

昨日から降った雨で土はぬかるみ、特に砂利道の下り坂は油断すると滑りそうになるが、私はごきげんだ。

マイナスイオン浴びまくり・すれ違う人もまばら・自転車も通らない林道をひたすら走る。

たくさんの鳥に新緑の香り・・・。もう言う事は無い。 約2時間、あっという間だった。

着替えて帰り支度をしていたら、事務局の方が車を出してくださりホテルまで送ってくださった。 いたれりつくせりである。

車中ものすごい雨にびっくり!
少しずれていたら二人ともびしょ濡れだった、シャレにならない。やっぱり今日の私はラッキー! 心の中でガッツポーズ。

ホテルで「こうめ」さんとお茶しながら、話が盛り上がってなんと翌日もお付き合いいただけることになった。すごく楽しみ!

夜は知り合いの紹介してくださったお店に、一人で行ってみた。

タクシーでホテルから数分の所にあるので安心だ。美味しいものが好きな方の紹介なので期待が膨らむ。
前もって予約もしてあったので、板さんが入り口まで来てくださり気持ちよく応対してくださった。
私は肩肘張らずにリラックスしてすごした。
予算も言ってあったのでお料理はお任せすることにした。

特に気に入った料理はアスパラの天婦羅(甘さの中にほんのりにがみがあってなんともいえない香り)とトマトサラダ(熟したキュウイフルーツに負けないぐらいの糖度のトマト、それに爽やかなドレッシングが後を引く) それに貝類は頬っぺたが落ちそうになるぐらい美味しかった。
カウンターに座らせていただいたが気詰まりすることもなく、楽しくお食事ができた。
気さくな板さんで、忙しそうにしながらも慌てる様子も無く、てきぱき仕事をしている様子がかっこいい。
働く男は美しいなあと想いながら幸福な時間を過ごした。
ひとつだけ残念なのは「美味しいね」って言い合える人が傍にいないことかな。

翌日は「こうめ」さんと長沼温泉に荷物を預けて、約6キロ離れた農家の経営するレストランに出かけた。 6キロ離れているところがミソで、そこまではもちろん二人で走って行くのだ。
6キロ走らないと美味しいものが食べられない、うーんなんて私向きのメニューでしょう。
「こうめ」さんナイス!
昨日は林道、今日は農道を走ることができる。片側は畑、反対側は田んぼの道を走る、やっぱり空気がいい。
田植えの時期らしく、あちこちで耕運機の音がしたり、芝を刈っている所もあり、非常にのどかだ。

昔NHKで明るい農村と言う番組があったが、そのテーマ曲が流れてきそうな感じ。もちろん働いている方たちは大変なのは分かっているけれども、私にはすべてのことが新鮮に思えるのだ。 時々いなかの香水の香りがしてこれまた刺激的。 気分的にはどこまでも走って行けそうな気がする。実際そんなわけがないけれど。そうこうしているうちにレストランに到着。

建物は木造で暖かい雰囲気、入り口にはお花がいっぱいだ。
メニューも充実していて、農家で取れた素材を使ってお料理を出しているそうだ。
「こうめ」さんはもうすでに決めていたようだが私はなかなか決められない。 悩むこと10分。 やっと心を決める。ちょっと大げさかな。いや大げさじゃない! 今度はいつ来られるかわからないのだからやっぱり悩む。結局私は「長沼ポークステーキとメークインのニョッキセット」にした。 自分でお肉をカットするとせっかくのソースを落としてしまいそうなので、お店の方にカットをお願いした。

後は料理を待つのみ。 今が旬のアスパラを食べたくて、サラダを注文し、シェアして食べた。
「こうめ」さんいわく、この味はふつうらしい。私は充分美味しいと思うのに。

実際に農園で取った、アスパラはどんな味なのだろう。あれこれ創造しながら、「こうめ」さんと話をした。

そうこうしているうちに料理到着。無言で食べ続ける二人。うまい!としか言葉がない。
特にお肉が絶品で、ボリュームはあるのにくどくなく、半分は塩コショウのシンプルな味で後半分には自慢のりんごソースがかかっている。肉だけににくい演出だと想う。 塩コショウだとお肉の味も際立つしごまかしが効かない。そうとう自信がないとできない事だ。
締めにりんごジュースを飲んですっきり。
運動量よりヘビーな食事を済ませ一息ついて、帰り道の事をふと思うとうんざりした。
お腹がいっぱいでまったく走れないのだ。
「こうめ」さんも同様らしく、早足で歩くことにした。

道すがら北海道で開催される楽しいレースの話や、「こうめ」さんのもう一つのライフワークであるキャンプの話を聞いていたらあっという間に長沼温泉に到着した。 ゆっくりと温泉に入って、近所でソフトクリームを食べて、これまた極楽。さっきあれだけ食べたのに、私の意志は豆腐より弱い。 東京に帰ったらまた走ればいいかと思いながら、つい誘惑に負けてしまう。

そして空港に向かった。

昨日から私がアスパラ好きだと言ったらわざわざ「こうめ」さんが朝農家でアスパラを買っておいてくださっていた。 感激! ほぼ1日お仕事でお忙しいのに、「こうめ」さんのだんなさまがまたもや車を出してくださり空港まで送ってくださった。

初めての一人の遠征で不安いっぱいだったが、お二人のおかげでとても楽しく思い出に残る旅になった。
そんな思いに浸りながら空港に到着するとびっくりした、私がのほほんと遊んでいる間に空港はたいへんなことになっていた。
システム障害とかでコンピューターがまったく動かなくなったらしい。 最後に私の運も尽きてしまったのだ。
飛行機は最終便まで満席で、他社の飛行機にも振り替えられなかったので、今日も千歳に泊まり、明日の初便で帰ることに決めた。
ぼやぼやしていると、宿泊場所までなくなってしまう。 アスパラちゃんのことを考えると早く帰りたかったがしかたがない。「こうめ」さんのだんなさまにホテルを取っていただき格安で泊まることができた。
お世話になったお二人とホテルでお別れをして、のんびりと過ごした。

翌日初便の飛行機で東京へ、千歳としばしのお別れだ。また来るから待っててね。 誰も待っていないよと突っ込まれそうだ。 ちなみにお仕事にはまったく穴をあけずにすんだ。1週間後はまた千歳に行けると思うと何となく気合が入った。

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