2005年萩往還:皆様からの投稿

2005.6.19掲載

山口100萩往還マラニック大会 
250キロに挑む事3回目にして・・・

              

はじめに

私が萩往還を知るきっかけは、ランナー必読と言われるほどの雑誌【ランナーズ】に於いて、この大会の特集が組まれていて感銘を受けた事が始まりでした。しかもこの大会は、各大会へ参加するランナー達が任意で選んだ大会で、大会内容・運営・エイド・環境【景色】等を総合的に評価したランキングで、NO1に輝いていたのが萩往還だと知りました。私は自力も省みず、是非体感したいという思いが日々つどい・・・2003年に念願の初参加することが出来ました。しかし、やはり現実は厳しかった。初参加の一昨年、そして昨年の大会と2回の挫折を体験し、萩往還完踏の壁の高さをつくづく感じました。リタイア後の悔しさもさることながら、何よりも自分の精神力(気力)の無さが腹立たしい限りでした。3回目となる今回は、ありとあらゆる対策(完踏秘策)をこころみて、それでダメだったら次回からの挑戦は諦めようと言う気持ちで・・・挑んだ今年の萩往還でした。

2005年第17回萩往還250キロ大会(5月1〜5日)

今年も、大会前日の5月1日に新幹線で昼に山口入りです。ただ今回、新山口駅からは地元H田さんが車で迎えに来てくれていて、ご好意に甘えての山口入りだった。

過去2回とも、H田さんとの挑戦回数・レースペース・リタイア(宗頭泊り)までもがほとんど同じで、まったくおかしなことで気があうようで・・・。車中では、「是非今年は宗頭で泊らず、すんなりと萩を目指し出発しよう」と確約。お互い秘策を胸に大会受付会場の瑠璃光寺へ向かいました。瑠璃光寺では、昨年涙の完踏を果たしたY田さん&タフで速いT中さん達に1年ぶりに会えて感動の握手、今回の健闘を誓い合いました。

受付後二人は大会事務局へも寄り、さかぼんさん&スタッフの方々に挨拶を済ませ、今年もお世話になる宿、惣野旅館へ向かいました。惣野では、部屋割りでクニさんと新潟のI橋さん達と同部屋だと知り、一年ぶりの再会に話の花を咲かせました。

夕方6時からは、惣野旅館に於いて恒例の完踏セミナーです。クニさん・小野木さん・渡辺さん・竹内さんの経験を元にした体験談等で、とても為になるセミナーでした。早速、今年の完踏秘策にも組み入れてみました。

夜の晩餐では、昨年の会食した隣の焼き鳥屋が休みであったので、T中さん・Y田さん・サロマHさん・K本さん・クニさん・O橋さん・H田さんと私との総勢8名でアーケード街の炉辺焼き屋に繰り出し、同窓会さながらに今回の意気込み等を交えて、わいわい・がやがやと楽しい一時を過ごすことができました。

瑠璃光寺 5月2日 18時10分 スタート

スタート風景の写真今年も、スタートを300人からの人を一斉スタートさせると歩道から溢れてしまう為に、5分間隔での50〜60人ほどのウエーブスタートです。【昨年は18時20分スタートした為に、当然エイドごとの到着タイムが遅くなり(実際は、一昨年とほぼ同ペースなのだが・・・)50キロも過ぎる頃にはランナーもまばらで、なんとなく最後尾近くを走っている感じがして、あせりが出て精神的に後半のランにも少なからず影響したようです。【それがリタイアの要因のひとつかも・・・?】あえて今年は何としても早めのスタートというわけで、おなじみのメンバーと共に「エイ!エイ!オー」の掛け声勇ましく、第三ウエーブ18時10分スタートいたしました。
(梅吉さん撮影・提供)

今年の私(ゼッケンA103)の容姿は、以前の大きなウエストバック1つではなく、リュックにウエストポーチを身に付けて、リュックの胸前の肩紐部分に、右にラジオ・左に携帯電話を付け、ウエストポーチの右に懐中電灯、左にストックを付けての容姿で、リュックには防寒用(天気がいいと、夜冷え込む)にと上下の防寒衣を収納。占めて3キロほどの重量となりましたが・・・気になる重さではなく、最後まで身に付けておれました。また今年は幸いにもお天気も気温も申し分なく、上は半袖・下は長タイツスタイルでスタートすることができました。

山口市内の沿道の人々からは「いってらっしゃい!」、ランナーからは「いってきまーす!」と声かけかえあって、今年はとりわけ綺麗な夕日に向かって最初のエイド上郷へ向かいました。上郷エイドまでの13キロは、前半3キロは歩道が狭く、細長の隊列での走りとなりますが、川沿いにある自転車道10キロは道幅が余裕あり、のんびり行く人、急ぐ人とが混合しあい、あちこちに集団が出来て走ってゆきます。スピードは時速10キロ弱ぐらいでしょうか? でも今年はやや速いペースでした。

上郷エイド 13.4k 5月2日 19時25分到着

今年の上郷エイドは食べ物は無く飲み物だけですということだったので、水を一杯飲んで終わり。すぐスタートしようとした直前、大阪のK山さんに偶然出会え握手とご挨拶、(今回もスタート前会っておきたい人の一人だったのだが会えずじまいでした。)

今回から、完踏秘策第一弾としてエイドの立ち寄り時間を極力短くして少しでも前進しようということで、速やかにスタート。

国道の地下道をくぐり歩道を500Mほど進むと明るく照らされた自販機前で止る。日も暮れ初めライトが必要になってきたからです。昨年まではヘッドランプでしたが、今年からは3wの懐中電灯(LED)に替えてみました。なんなく20Mほどの範囲を明るく照らしてくれて重宝しますが、4〜5時間ほどで電池替えをしなくてはならない事が面倒です。

ついでに寒くなる事を見越して、ここでウインドブレーカーを羽織ります。これで夜間走は快適に走れました。

まもなく走ると中国自動車道のガードが見え、これをくぐるといよいよ初の登り坂(二本木峠)になりますが、序盤であることでもあり走れる登り坂でした。

下郷駐輪場 27,6k 5月2日 21時09分到着

ドリンクを飲んでいる写真山口秋吉台自転車道の途中ですが、エイドが有ります。
 水を一杯頂き、即出発しました。
 またひたすらに赤蛍(ランナーのリュックに付けた赤の点滅灯)を前に見て、かえるの合唱をBGMに自転車道を進みます。
(梅吉さん撮影・提供)

秋吉交差点 32.6k 5月2日 21時49分到着

このあたりで天を仰ぎみて満天の星に感動、あれはオリオン・あれはカシオペアかなぁなんて思いながら、天と地を交互に見てのランニング。 

西寺エイド 43,6k 5月2日 23時13分到着

西寺エイドに到着した写真

順調に走れているためか、「えっ!もう西寺」って感じで、スタンドインする。梅吉さんに写真をとっていただき、ポーズを決める前後してスタンドの排水溝に右足を落とし、顔をしかめるが(梅吉さんのシャッターチャンスが良いのか・・・写真は萩往還1番の笑顔でした)、少しばかり捻ったようだ。この時点では大事に至らず、休む間に痛みも治まった。 となりのコンビニで、トマトジュースと牛乳プリンを買い補給。そして、エネルギー補給で完踏秘策第二弾、CQ10錠を1粒&アミノバイタル錠剤を4粒&ブドウ糖錠を4粒を補給する。
(梅吉さん撮影・提供)

まもなく、クニさん到着。ここではやはりクニさんはビールを片手にエイドの彼女らと記念写真、後ろからVサインでお仲間入りさせていただきました。すみません。

エイドでの長居は駄目と言う事で出発しようとしたら、H田さんが行きましょうと声を掛けて頂きいっしょに同行させていただく事に(H田さんもエイド休憩を極力短くする対策だと言う・・・同感!)。走り始めると体の冷え(また、深夜になりより寒くなったかも)で悪寒を感じ、上下の防寒衣を着ていくことにする。

エイドを出て直ぐ踏み切りが有り、ここ渡ってからはゆるやかな山道への登りとなって行く。もちろん登りは歩きであるが、完踏秘策第三弾の携帯していたストックを使用。携帯のわずらわしさはあるがとても楽である。しかし、いつの間にか周りに人がいなくなり、山道の一本道で不安はないものの赤蛍を見失わないようにモクモクと歩きました。

上田三叉路   49.7k 5月3日 0時09分到着

ここに私設エイドが有りました。美味しいお茶を一杯頂きました。深夜の閑静な場所で我々のために・・・ありがとうございます。

ずぅ〜と山中の川沿いを走りました。幅広の国道へぶつかったら左側の橋を渡り、国道の脇を走り、しばらく行くとガードマンが鋭角に折れる三叉路にいて案内をしてくれていました。「あと800mでエイドですよ」、「ありがとうございます」の挨拶して、やや登り道をゆっくり走りました。

豊田湖・石切亭 57.4k 5月3日 1時26分到着

到着後すぐ、ノートにゼッケンナンバーと到着時間記入。そして初めての食事が出来ますので食券を出します。うどんとおにぎり「1個か2個選択」して、私はおにぎり1個とうどんをいただきました。今年はセミナーのアドバイスを取り入れて、ガスター10を前日とスタート前に飲んでおいたので、嫌なむかつきも無く苦労しなくても食べることが出来ました。
 直ぐに出発しました。昨年は雨で、ずぅーと歩いた所ですが、今年は走れます。豊田湖も波静かに夜空を薄く映してました。
 一昨年同様、満天の星空が綺麗です。岐阜の田舎でもこれほどの星は見えません。まさにプラレタニュウムそのものです。

俵山温泉  66k 5月3日 3時01分到着

静まり返った温泉町に入り、まもなく行くとバス停の所にエイドが有ります。M下さんがエイドをしてみえました。(M下さんとは昨年、リタイアした私とH田さん、それにスタッフのS田さんらとともに往還道の佐々波エイドまでランナーの応援に出向き、『ここのエイドでのランナーの姿を見れば、次回の萩往還の意識が変わりますよ』と言われ、ここ佐々波へ来て良かったと思った次第です。それにしてもM下さんは、ウルトラランナーの鏡として有名ですが、佐々波エイドでの特技?にびっくりしました。豆腐のねぎのみを茶碗に山盛り、食べられるのですよ・・・柿の種だけじゃないのですねぇ好物は!)

ここではポカリを一杯いただき、直ぐ出発。M下さん、ありがとうございました。 
 これより迷いやすい道でしたが、標識と白線を意識して進みました。

しばらく行くと、ジャリガタオ峠です。長い登りと長い下りです。足の負担を抑えるために全て歩きます。またストックの出番です。下りもストックを使用して歩きますがやや早足になります。前にも後ろにも人はいません、足音は自分のみでちょっと不気味です。また、ちょうど下り終える頃に暗闇から野良犬の遠吠えが聞こえきます。今にも身近にいるような複数の鳴き声がするのです。恐る恐るだが周りをきょろきょろ見て、ライトで威嚇するようにあちこち照らしたりしていると、さすが眠気は吹き飛びました。そうこうするうちにダムが見えてきます。いつしか星の数も減ってきて、まもなく夜も空けそうです。

大坊エイド 75.8k 5月3日 4時26分到着

今年は、エイドのマドンナがいません。寂しい限りですが仕方が有りません・・・彼女はひとり立ちをしようと親元を離れ、遠く大阪で頑張っているのですから・・・。いつまでもランナー達の永遠のマドンナは無理ということですねぇ残念!マドンナが不在でも、ファミリーの皆さん達が一生懸命、ランナーのお世話をしていただきました。誠にありがとうございました。トン汁&イチゴ・ドリンクご馳走さまでした。

エイドを出ると油谷の町までずぅーと下りです。そのころ空も白けてきて、遠目の日本海の暗闇も薄らいできて、ほんのりとした潮の香りを感じていたのは私だけだったでしょうか?海のない岐阜育ちの私にとって、潮の香りが新鮮に感じるのです。

油谷大橋を渡りきると日本海の海岸線を行くコースへ入りました。ここからは入り江ごとに上がったり、下ったりの繰り返しです。私は、上がりは歩き、下りは走りでこのコースを乗り切ることにしていました。

海湧食堂エイド 86.2k 5月3日 5時55分到着

6時前に海湧食堂へ着けました。まずノートにゼッケンナンバーを記録。今回は足の故障も無く、食事も出来、ここまで快調にこられたようです。ここでの食事はお粥ごはんとおかず&味噌汁で、梅干を2個頂き速やかに食べました。またエネルギーの補給で、例のセット(コウキュウ10錠1粒・アミノバイタル錠4粒・ブドウ糖錠を4粒)を飲みました。ここから西へ100m行ったところの油谷中学校に着替えが置いてあるのですが、昨年のようなずぶぬれでなく着替えるほどでないので、今回は足にワセリンを塗ったのみでスタートしました。やはり登りは歩き、平地は走りのおきまり走です。昨年は、途中農協ストアーでアイスを買って食べながら、俵島へ向かったのですが、今年はまだ店が開いてませんでした。また、その近くの金網に、説明会で指摘があった「農協前の金網にリュック等を置いていかないように・・・」という件が、言うことと聞かないやからが幾人かいるようでなげかわしい事です。

まもなく行くと、昨年とは別に違うコースも白線表示してあり、新たなコースへ進んでみました。とても急なコースでしたが、距離は断然短く感じました。ほとんど歩きでしたがここでもストックが約立ちました。

俵島チェックポイント 97.3k 5月3日 7時56分到着

ここは、チェックシートの最初のチェック箇所です。チェックがないと完踏が認められない萩往還なので、ここからが本来の萩往還のスタートみたいな感じです。しっかりとチェックを確認してウエストポーチにしまいました。今年も朝早くから、例の軽トラのおばさんが居てくれていて、水一杯と飴玉をもらいました。ありがとうございました。

帰りは来た道とは違い、景色が良いと言う時計回りで降りてみました。起伏はきついですが、確かに景色が良く、海風が心地よかったです。またなによりも距離的に従来のコースよりだんぜん短く感じました。

農協前まで戻るとストアーが開いていて、トマトジュースと牛乳プリンとアイスを食べました。

ここからしばらくは上りで、ほとんど歩きでしたが元気な歩きに徹する。過去はマメで泣かされてきた足だが、ここまで100キロほどを走ってきたのに足にマメができていないと言う事は、完踏秘策第四弾が効しているようだ。靴の中敷である。

川尻岬・沖田食堂 107,2k  5月3日 9時25分到着

水岬三叉路を川尻岬方面へ左折して700m先に、沖田食堂があります。到着後直ぐ、チェックシートにチェックして、到着時間を記入します。食券を出しカレーを頂きます。ビールも頂き、7割方飲んで出発。体に不具合はまだ現れていないが、無理しないよう早足で歩く。水岬三叉路までもどり国道を左折、2キロほど進んで左折川尻漁港方面へ下る、途中にあの棚田百選で有名な棚田を目にしながら下るのである。(梅吉さんが撮った棚田風景が、私のパソコンの壁紙になっています。)棚田は、田植えが始まりそうな景色でしたねぇ。

漁港まで下りてこれば、次のエイド(シーブリーズ)までは1,5キロほどです。漁港手前で、道に迷っているランナーがいたので口頭で教えてあげる。

シーブリーズエイド 112.8k  5月3日 10時10分到着

喫茶店のエイド・・・食券を出して、コーラをもらう。出発前に氷がほしい方はどうぞと言う事をだったので、8個ほどをいただき、バンダナに包んで出発する。氷で足や後頭部を冷やしながら早足で歩くことにする。立石観音の手前まで氷が持ちました。

立石観音チェックポイント 117.2k  5月3日 10時57分到着

漁港まで下ると、そこが立石観音です。漁港内の小さな島に観音様が奉ってあるようです。

島の入り口部分に、チェックカードにパンチする場所があります。しっかりチェックを確認して出発します。 ≪漁港内自販機でフルーツジュースを飲みました。≫

ここからは、ずぅーと登りです。標高330mを約7キロかけて登りますが、もちろん私は走りません。いや、走れません。前向きな歩きで千畳敷を目指しました。

千畳敷チェックポイント  124.6k 5月3日 12時13分到着

ストックを酷使して登りつめた千畳敷は、広大な台地で爽快です。健やかな風が吹き、風車が回り、観光客や家族連れで賑やかです。駐車場の傍らを通り抜け、奥まった売店手前にチェックポイント場所があります。しっかりとチェックします。チェック後数メートル売店よりで、誰かのチェックシートを拾いました。今後のレース展開・完踏を左右する大事なチェックシートなのに、名前もゼッケンナンバーも記載されていませんでした。【必ず記入といわれたのに・・・】落とした本人は気が付いてない様で、チェックシートを探しているランナーも無く、数人のランナーに声を掛け確認しましたが、該当者はいませんでした。西坂本でスタッフに渡すしか手が無いと思い、バックに入れました。

芝生で4〜5人のランナーがソフトクリームを食べていました。私もここのソフトクリームが美味しいと聞いていたので食べる事にしました。ゆっくり腰掛けてという気は無いので、今年もクニさんの推奨階段?をゆっくり下りながら食べました。

長い下りが続く坂ですが、走って膝を壊さないようにするため、早足歩きで西坂本エイドを目指しました。(チェックシートも気になっていた・・・早くスタッフに・・・無くしたランナーはどうしたであろうか?)

西坂本エイド  128.7k  5月3日 13時17分

若々しい中学生が迎えてくれるエイドです。ゼッケンの記帳をしてもらい、かのチェックシートをスタッフに渡しました。靴を脱ぎ上にあがってカップ麺を頂き、さらにイチゴ&バナナをいただきました。美味しかったです。ありがとうございました。

お見送りは盛大で、数名の中学生が名前を連呼してくれて、背を押されるようにエイドを後にしました。

ここから仙崎までは、前半3キロ程こそ上り下りがありますが、残り10キロ程は国道の歩道走です。ちょっと長く感じる区間です。私はここ長門市内で行きたいトイレがあります。スーパーの身障者トイレです。100キロ走って来たランナーには何とも快適(綺麗で・広くて・温水シャワートイレ)で、必ず寄りたくなります。使用料代わりにフルーツジュースを自販機で買い飲みました。

長門市内は交差点が多く、信号とのタイミングを計りながらのラン&歩きの繰り返しです。そのうち港に出て、仙崎T字路エイドに着きました。

仙崎T字路 【往路】 142.3k  5月3日 15時25分

到着と同時にゼッケンナンバーを記帳してもらう。リュック等を置いて行くことも出来るが、そのままのスタイルで青海島に向かう。流線型のしゃれた橋を渡り、いきなりきつい坂道が幾重も続く、もちろん全て歩きである。この青海島往復21キロを4時間ほどでクリアーできればよしということで頑張って歩く。

海岸線沿いの道をひたすら歩く。キャンプ場エイドの手前で、Y田さんと行き違いお互いにエールを送る。

静ヶ浦キャンプ場エイド  148.6k  5月3日 16時25分

走ってきた道路から少しばかり入り込んだ所にあるのが、静ヶ浦キャンプ場エイドです。そこの売店で、食券を出してカレーを頂きました。美味しかったです。

10分ほどの滞在で、鯨墓チェックポイント目指しスタートです。また海岸線沿いの起伏ある道の繰り返しです。飽きた頃に鯨墓エイドに着きました。

鯨墓チェックポイントエイド  152.3k 5月3日 17時26分

初めての明るい時間での鯨墓入りです。鯨のモニュメントもハッキリ見ることができました。かなりの大きさでしたねぇ。エイドに着くなり、チェックシートにパンチして到着時間&ゼッケンナンバーを記入しました。飲み物とせんべいをいただき、直ぐ帰路につきました。ありがとうございました。

帰路の途中でクニさんやH田さんと擦れ違いました。折り返し後はキャンプ場エイドへよる必要が無いので、先崎エイドまでやや早足歩きで直行しました。

仙崎エイド 【復路】  163.3k  5月3日 19時21分

青海島を往復して仙崎エイドへ戻ってきました。日のあるうちに戻ってこられました。スタッフの方にゼッケンナンバーを報告して、往きにもらわなかったドリンクを1本頂きスタートしました。しばらくするとライトが必要になってきました。薄暗い港沿いの小道をちょこちょこっと行く道は、クニさんの地図が頭に入っているので初挑戦の時からすんなりと通過できました。後は宗頭まで1本道です。途中ローソンに寄って、トマトジュースと牛乳プリンを食べました。皆が進むペースが落ちているために、宗頭までが長く感じる距離でした。

宗頭エイド  174.9k  5月3日 21時29分

私の例年の常宿(リタイア)に到着です。でも今年は違います。着いたと同時に出発時間を意識していました。過去は、スタッフの方にゼッケンナンバーを告げると同時に『ここで止めます』と言っていました。今回、スタッフのT内さんにゼッケンナンバー言って、『食事後着替えてから出ます』と告げることが出来ました。

エイドの向かいの体育館へ出向き、着替えを受け取り食堂でおにぎりと味噌汁・おかずを頂きました。味噌汁はYさんが持ってきてくれました。美味しかったです。

食事が済んで着替えですが、今回はお風呂に入る予定も無いので半袖ウエアーのみを着替えることにしました。ゼッケンを付け替え・ライトの電池を替え・例のエネルギー錠セットを飲み・防寒対策をして出発準備を整えている頃、クニさん、そしてまもなくしてH田さんと食堂に入って見えました。H田さんに、『さぁここまで来たねぇ・・・もちろん出るでしょ!』と確認、ハッキリと『出ます』といううれしい返事、『10時半に出ましょうか?・・・』と聞くも、『もう少し、後から出ます』との事で同行は諦める事にする。

宗頭からは進んだことのない道だから、しっかりと付いていけそうな人を探そうとそうこうするうちに、10時半が間じかになりスタッフに同行者を確認すると3人ほどが出るとの事、ちょっと不安な人数であるので10時半出発はパスして11時出発とする。

11時出発はサロマHさんを含む10人ほどいました。10人いれば深夜の山道も大丈夫だと確信しました。たとえ5〜6人の人が走って行ってしまっても、山道で一人になることは無いと思ったからです。

幸い、10〜50mほどの縦長の隊列で、皆が歩きでした。

藤井酒店チェックポイント  177.9k  5月3日 23時32分

宗頭を出て30分ほどで、藤井酒店到着しました。早速、自販機横にあるチェック金具でチェックシートにパンチ済ませました。ここからは山道でしかも峠道です。もくもくと前の赤蛍を見て歩きます。やがて国道に出て下りとなり早足で下りました。自販機コーナーがあり皆が揃うまで小休止です。休憩中、国道のガードレール沿いをたぬきが通って行くところを、数人の人とでず〜と見ていました。

皆が揃った所でさぁ出発。トンネルをくぐり、ナパーム灯の明るい三叉路で三見の看板を確認して左折、遅れてくるランナーに気を使いながら、川沿いの道を進みました。やがて村中に入り、三見の駅につきました。

三見駅チェックポイント  187.1k  5月4日 1時35分

三見の駅前にチェックボードがあり、忘れずにチェック金具でシートにパンチをしました。

エイドも何も有りませんので直ぐに出ました。すぐに街中を抜けて山中に入ります。何回も踏切を渡ります。途中、かの有名なマネキン案山子?や廃車を見ることが出来ました。お陰様で、今もって眠くなる事もなく、幻覚を見ることもありませんので冷静でした。

やがて左側より海の波音が聞こえてきます。心地よい波音です。

波音が聞こえなくなる頃住宅街へ入り、玉江駅へ出ました。

玉江駅  193.9k  5月4日 2時56分

ここには私設エイドが有ります。バナナを一切れ頂きました。ありがとうございました。
 皆が待合室のいすに座って仮眠すると言うので、わたしも10分ほど仮眠しました。

まもなく各自ばらばらに出発しましたが、サロマHさんが歩いてばかりいられないとばかりに走り出し、付いていけなくなる。萩の海岸沿いを歩いている頃から、右足首が痛くなりだす。歩道がななめであることも歩き辛くしていて、スピードが上がらない。序盤の右足首捻りが、ここに来て症状が出たのだろうか?・・・このあたりでBゼッケンやCゼッケンの人と出会いだし、「おはよう」とお互いに挨拶を交わす。笠山方面へはその人たちを目印に付いてゆくが、笠山らしき山がいくつか目にするが、一向に山登りにならない。

笠山チェックポイント  204.4k  5月4日 5時18分

明神池を右手に見てホテルの際を通り抜けると、いよいよ笠山周回遊歩道へ入る。久々の険しい登りでゆっくりしか登れず長く感じる。山頂公園の中にチェックポイントがあり、シートにしっかりとパンチする。ベンチに腰掛けてエネルギーの補給に例の錠剤を飲む。ゆっくりペースのため、ほとんど一人旅状態で虎ヶ崎へ向かう。

このあたりも潮風が爽やかに感じた場所だ。

虎ヶ崎チェックポイント  207.1k  5月4日 5時58分

虎ヶ崎食堂へ到着する。こちらにもエイドボラとしてM下さん見えて、「ありがとうございます」と挨拶「頑張ってください」とエールをいただく。また、久々に250キロ部に挑戦された最高齢者(78歳)のW辺さんもエイドボラとしてお見えになり、まったく頭が下がる思いです。ありがとうございました。

ここでも忘れずにチェックシートにパンチします。ゼッケンナンバーもノートに記載してもらいます。ここではカレーを頂きました。コース上最後の食事ですから、じっくり味わって食べました。美味しかったです。

体が冷えてやや寒かったので、ストーブで体を温めてから出発しました。来た道とは違う周回道を行く事にしました。しかし起伏が激しく、右足首を痛めている自分にはまさに魔の周回道でした。景色が良い場所ということで期待していたのですが、まったく景色を満喫する余裕無く泣き泣きの明神池到着でした。平地走行になってもスピードは上がらず、走ってみても痛さが増すだけで何ともしがたく、徐々に弱気の虫が出てきそうでした。『東光寺でチェック済ませたら、往還道入り口エイドでリタイアしようかな・・・普通の歩きが出来ればゴールまですべて歩いても充分間に合うのだが、今現在、このスピードの歩きしか出来ないなら・・・まして萩往還の山道なんて歩けないと思い始めました。』

そう思い始めてまもなく携帯電話がなりました。家内からで、「どう?調子は。がんばっている?えっ右足首が痛い・・・なに言っとるの〜、がんばれんの!それで気が済むの!後どれだけ有るの?37〜8キロで10時間もあればなんとかなりそうじゃないの?もう少しがんばってみたら・・・ここまで来て止めたら、また来年まで悔いが残って・・・何とかがんばれないかね?」などとキツイお言葉で我に帰り、痛み止めがあることを思い出し、効くか効かないか判らないが早速飲んでみる。

東光寺手前1〜2キロ地点でクニさんが私の横に並ぶ、歩いている私に「どうしたの?調子よさそうだったのに?もう少しだし、がんばりましょう!」「はい、ありがとうございます。足首痛めたので、ゆっくり行きます。」と言いました。クニさんは軽快に先へいかれました。私もゆっくり行きますといってみたものの、薬が効いてきたのか?ちょっと痛みが和らいできたようで走ってみました。走れます!一人、二人〜五人と次々に追い越せます。薬の効果にびっくりです。東光寺手前で、クニさんに追いつきました。東光寺チェックポイントに向かって走る写真

(梅吉さん撮影・提供)

東光寺チェックポイント  215.3k  5月4日 8時41分

山門近くにチェックボードがあり、チェックシートにパンチを入れます。これで全てのパンチ終了です。しっかり確認してしまいこみます。クニさんと山門前で写真を取り合い、松陰塾や伊藤博文生家前を抜けて、往還道入り口へ向かいました。途中コンビニでトマトジュースと牛乳プリンを買い補給しました。同時にエネルギーの錠剤を補給しました。

萩有料道路休憩所  222.8k  5月4日 9時54分

ここは、A・B・C・Dのランナーでごった返しているエイドです。
 オレンジとパンとドリンクをいただきました。

さァここからは山歩きです。いきなり急な坂道です。笹落ち葉を踏みしめて一歩一歩足を進めます。それにしても萩の殿様は、実際駕籠に乗ってこの急坂を乗り越えたのだろうか?駕籠の中も45度近く傾くはずで、家来がどんなに傾斜をカバーしても30度以上にはなっていたでしょうに・・・よほど我慢強い殿様だったのだろう?

それにしても足場の悪い急坂である。今年は晴れてすべる事はないが、昨年のように雨だと最悪の道になっていたことだろう。

明日木市エイド  226.4k  5月4日 10時24分

往還道の山道を登ってくる写真梅吉さん撮影・提供

街中に入ると今日は祭りをしているようで、人ごみの中へ入っていく感じでエイドがわかり辛かった。ドリンクを頂き、直ぐスタートする。

以前、萩往還道の写真を見た景色がボツボツと現れる。道は草道で、かの有名なオオバコもしっかり根付いていた。

途中大勢の人々と擦れ違い、「お疲れ様・がんばってください」のエールを頂き、私も「ありがとう・がんばってください。」と全ての方に返答する。拍手までしてくださる人もいた。足は痛かったが耐えられない痛みでなく、ここまできたら!という意識が強く、走れはしないが歩く足取りは普通になっていた。

このあたりだと思うが、大坊エイドでエイドオーナーをされて不眠で70キロ走に挑んでみえるH谷川さんに出会える。ここで会えた事を喜び握手、お互いの健闘を称えて無事の完踏を祈念してその場を後にした。会えてよかった。

佐々波エイド  235.6k  5月4日 12時30分到着

うっそうとした山道を抜け、街道沿いに民家が建ち並ぶ佐々波の町に入りました。町並みのはずれの角に青テントのエイドが有りました。かの有名なお豆腐が食べられるエイドです。美味しかったので、ついもう一皿お代わりを頂きました。ありがとうございました。初めての往還道でしたが、なかなか速い時間に佐々波までこられました。でもここで気を抜くことは出来ません。ここから板堂峠という萩往還最高峰を極めねばなりません。ゴールの瑠璃光寺まで普通なら3時間ほどでいけるといいますが、この先道中、何が起きるかわかりません。がんばって歩くのみです。

山道を少し進み国道に出ます。長〜い国道を登っていきます。まるで立石から千畳敷へ向かった国道のような登り一辺倒の道です。途中、国道脇からおばあさんが、「草もち食べていきなさいよ」との掛け声、へぇーこれがかの有名な峠の草もちかぁ〜と感動しながら頂きました。とても美味しかったです。ありがとうございました。

国道歩きに飽きが来た頃スタッフのガードマンがいて、階段を上がってくださいとの指示、そこからは綺麗に整備された山道の登りでしたが、いつのまにか峠を極めたようでと急に山道と石畳とが交互に現れる道の下りとなりました。またそれが長いの長いの、下れど下れどまだ続きます。

だいぶ下りきったと思ったその時、どこからか澄んだオカリナの音が聞こえてきました。『あぁ〜これが・・・萩往還道を幻想世界に導く極めつけの音色だぁ〜』いったい誰が?それともテープかなぁ?とおもいつつ下りて行くと、境内で厳かにオカリナを口に当てた人が見えました。とてもうまく、つい聞き入ってしまいたくなるほどの演奏でした。

萩往還道は、体で石畳のでこぼこを感じ、目で木々の緑を感じ、耳で道行く人の郷愁を感じさせるすばらしい舞台なのだなぁと感じました。

山道を終わり国道へ出れば、後は瑠璃光寺まで3.5キロほどです。ここでクニさんがすごいスピードで走ってきました。挨拶をそこそこに姿が消えるほどのペースでした。私はゴール前とはいえ走る事がままならぬ状態で、歩く事が精一杯でした。

ゴールのシーンはどうしようか?とか、山門前道路では走るべきか?いろいろ考えながら歩いていました。結局、山門前道路は小走りでした。痛さで顔はしかめていまして、Y田さんやT中さんの出迎えは覚えていましたが、ゴールシーンはどうだったか覚えてないほどでした。梅吉さんの写真見てゴール姿を確認できました・・・苦痛顔でした。

瑠璃光寺ゴール   250K  5月4日 15時37分

瑠璃光寺境内でゴール直前の写真ゴール後、チェックシートを出し確認してもらいます。そこでOKをもらって初めて萩往還250キロの完踏が認めらます。その場で完踏者には往還道の道しるべを模った記念品が戴けました。
梅吉さん撮影・提供

3回目にして始めて手にした完踏ですが、その場では『ああ完踏したなぁ・・』という程度で、涙もなければ飛び上がるほどの喜びも無くあっけないものでした。岐阜へ戻り日が経つにつれ、また人との話題になるごとに喜びが湧いてきて、自分をほめてやりたい気持ちになりました。

今回の完踏を成しえたもっとも力になったのは、過去2回のリタイア経験で得た精神力(気力)の無さを克服することでした。そこで今回は、あるきっかけで般若心経にふれあい、数冊の本を読み、気力を無くさない究極の呪文があることを知りました。それは、三蔵法師が天竺へ行く過程で幾多の苦難に遭ったときに唱えた呪文です。

ぎゃぁてぃ、ぎゃぁてぃ、はーらーぎゃぁてぃ、はらそうぎゃぁてぃ、ぼーじぃそわか】というこれだけの呪文です、(意味は、さぁ行きましょう、さぁ行きましょう、目的の地に行きましょう、皆と共に行きましょう、必ず希望は叶うでしょう)

私は今回、苦しくなるとこの呪文を口ずさんでいました。100回は唱えたでしょうか?100回ほどは苦しかったと言う事でしょうねぇ・・・でもお陰様で完踏できました。

完踏には3年という月日は掛かりましたが、とてもいい体験をさせていただきました。萩往還のスタッフの皆様、ありがとうございました。エイドのボランティアの皆様、ありがとうございました。ウルトラ走友の皆様、ありがとうございました。

また皆様にお会いできましたら、どうぞよろしくお願いいたします。

ひさやん


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