「アイマスク・ハーフマラソン体験記」

静岡県:OSMさん(2004.02.13掲載)


1、初めに

確かにアイマスクをして走ってみたことはある。

でも、そんなに長い距離を走ったわけでもなく、「ちょこっと体験した」という域を出ていない感じ。勝手気ままに練習する時とは違って、レースではどんなものなんだろう? そんなことを漠然と考えてはいた。

森町ロードレース。

静岡県の西部、周智郡森町で二月の第一日曜日に行われる。

3km、5km、10km、ハーフと種目があり、とってもアットホームな大会。また、一昨年末、静岡県に伴走のネットワークをつくろう、と話を始め、最初に「みんなで」参加したレースでもった。

昨年、三人だったブラインドランナーも、今年は9名。そしてサポートする伴走者もそれ以上の数になっていた。
 僕は一応ハーフにエントリ。

万が一伴走者がダメになった場合、どこにでもフォローに入れるようにしておいた。でも、今回は伴走者の方が余るほどで、僕は伴走に回らなくてもよさそう。そこに、東京から宇佐美先生達と一緒に、伴走メーリングリストのクニさんが参加すると連絡があった。しかも、ハーフにエントリ!

おぉ、これは!

正直言って、他の人の伴走だったら躊躇しただろうけれど、クニさんだったら絶対に大丈夫、更にはどんな声をかけるのかを身を持って体験できる絶好のチャンス!

「クニさん。僕の伴走をお願いできますか?」という僕のお願いに「はい、いいですよ」とクニさんんは二つ返事でOKしてくれた。
 かくして、にわかブラインドランナーができあがったのだった。

いよいよスタート時間が近づいてきた。

2、スタート

「どっち向いてるの?」
それがわからない。クニさんの肘をつかんで、人の間を抜けていく。しかし、アチコチで人とぶつかる。その予期せぬ衝突の一つ一つに身体がすくんでいった。

「みんなに迷惑かけるだろうから、できるだけ後ろにしましょう」ということで後ろの方に並んだようだ。が、勿論自分の位置などわからない。

「スタート○○前です!」
アナウンスがあった。周りの人の声が気になって、聞き漏らした!
いつもなら、直ぐに時計で確認するのにそれができない。
クニさんに「今、どのくらい前って言った?」と聞く。
時間の感覚もおかしくなっていた。

合図が鳴った。のそのそと動き出す。
身体が固い。こわばっている。
恐い! とにかく恐い!
クニさんはロープを短く持ってくれた。僕も意識的に肘をくっつけて走った。
どちらに向かって走ればいいんだ? 次の一歩をどちらに向けて踏み出したらいいのかわからないために、足がグラグラするのだ。踏み出した足に体重をかけるというこの当たり前の行為が、こんなにも難しいものかと思った。
足を踏み出す事がこんなにも恐いモノなのか?
「大丈夫ですよ、ゆっくり走ってみましょう!」
初めて走る視覚障がい者の人に、何度も口にしてきた自分の言葉。その言葉の軽さを思った。

ガチガチに固くなった身体。
 スタートして、2,3分も経たない内に、僕達は「最後尾ランナー」になっていた。
「ハイ、安心して走れますからね。」と言われて、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちだった。それ以上に、とんでもないことをしたのではないのか? という後悔ばかりしていた。

3、戸惑い

「後、5メートルで右カーブ」
ちょっと待って。え、5メートルってどのくらいなの?
一歩、二歩、三歩……。違う、違う!
いつもと歩幅も全然違う。距離がわからない!
どのくらいの速さで走っているの?
何km走ったの?
とにかく戸惑うことだらけ。
「はい、ここは2.7km地点ですよぉ」
走路観察の人だろうか? そう言ってくれた。
えっ、後20km近く走らないといけないの?
僕はイヤになってきた。

そして一番恐かったのは、上りと下り。
「上り下りなんて、自分の足を鍛えるしかないんだから」
新野さんがいつも言っていた言葉を思い出していた。
その通りだ。どのくらいの上りなのかなんて、説明してもらっても、わかるものではない。「上り」と言われたら、足を高く上げればいい。それしかなかった。しかし、「上り」と言われるたびに、身体がビクンとするのがよくわかった。
一方の下り。
どんどんスピードに乗っていくような感じがして、思わず足にブレーキがかかる。
どのくらいの角度で、どのくらい続くのかがわからない。これが恐い!

ロープがたるむとそこは、まったくの異次元の空間。だだっ広い所にたった一人で放り出された感覚に陥る。
そんな僕の様子がよくわかるのだろう。クニさんはロープを短く持って、肘をつけて走ってくれた。ロープの張りと、肘の感触が僕とクニさんをつないでいた。

4、慣れ

 それでも5kmも行った頃からだろうか?
 いつしか最後尾ランナーを脱出し、少しずつではあるけれど、リズムが出てきたような感じがしてきた。
 ちょこっとおしゃべりなんかもできるようになってきた。

最初僕は、アイマスクを通して感じる光を頼りに、何とか「見よう」とていた。しかし、いつからだろうか? 気がつくと僕は目をつぶって走っていた。
その方が楽だった。
見ることではなく、聞くことに神経を集中するようになっていた。
クニさんの声や、足音、周りの音、音、音。
今度は逆に、音に対して過敏になってしまったのだろうか?
すれ違う車の音が恐くなってきた。
「どのくらい空いてるんですか?」
「3mくらいは十分にあいてるよ」
何度も何度も確認した。
音が迫ってくる感覚も何とも言えなかったが、これまたいつしか、こんなモンだと思うようになってきた。
距離を重ねただけ、クニさんの伴走に対する安心感が高まっていったのだろう。

15kmの辺りだろうか?
何度か不思議な感覚に襲われた。
そう、トレッドミルを走っているような感じになったのだ。ロープの張りも感じない。肘もあたっていない。足もふらつくわけではなく、きちんと一定のリズムを刻んでいる。
一瞬、眠ってしまったんではないだろうか? そんな感じだった。
「ランナーズハイ、ってヤツじゃない?」
クニさんが言った。
う〜む。何だろう?
でも、とっても気持ちが良かった。
こんな気持ちの良さを、ブラインドランナーの人に感じてもらえるような、そんな伴走ができたら、と思った。

5、ゴール

町中に入り、鋭角に曲がったり、ちょっとした舗道の段差や足元の変化があっても、さほど気にすることなく、着実にゴールに向かっていった。
「何mほど前に、二人ほど」
「じゃ、抜きましょう!」
そんな言葉も出てくるようになっていた。
会場のアナウンスの音が聞こえてくる。
一歩ずつゴールが近づいてくるのがわかった。
初めて5kmのレースに出たときの事を思い出していた。

ゴール。
1時間59分51秒。
見事サブ2だった。
少し歩いた後、2時間振りにアイマスクを外して、目を開けた。
日差しがとっても眩しかった。

タイム
   5km  29:19 29:19
   10km  58:14 28:45
   (1:01:02 中間点)
   15km 1:26:38 28:24
   20km 1:53:57 27:18
   goal 1:59:51 5:53

6、終わりに

このハーフのレースで感じたことは、とても一言では言い表せない。
あえて言葉にするとしたら、「ズン」という言葉が一番近いように思う。

走っている最中、自分の言葉の軽さを何度も感じた。
それだけでなく、ホントにたくさんのことを考え、感じていた。
どこかで話し始めたら、際限なく喋ってしまいそう……。それだけたくさんのことを感じた。

そして、何よりもクニさんの伴走がとっても良かった。
単に適切な言葉(もっともこれも大切なことだが)をかけてくれるだけでなく、その言葉の後ろにある、クニさんという人の温かさ、素晴らしさがとってもよく伝わってきた。それが一番嬉しかったのかもしれない。

伴走かぁ……。

一本のロープに、どれだけの思いをこめられるんだろう?

一緒に走りながら、二人の気持ちを通わせることの楽しさ、素晴らしさを改めて思った。
森町ロードレース、このレースを僕は忘れないだろう。

おまけ

えっ? もう一回やるのかって?
いやぁ、どうせやるならフルでしょう。(笑)
5km、10kmの距離だったら、ちょっとした練習でもできそうだったから、やるとしたら最低でもハーフだと思ってました。
でも、体力的にハーフの距離ならばなんとか、という思いはあったのです。

そう、フルマラソンですねぇ。
後半、どんな疲労やつらさがおそってくるんだろうか?
その時、どんな言葉やフォローが必要なんだろうか?
これは、やってみなければわからないでしょうねぇ。

あ、今回のアイマスクの件は、事前に大会事務局に伝えた上で行いました。
きちんとエントリをして、危険を感じたらいつでもアイマスクを外して、一人で走りますから、ということで。


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