霞ヶ浦マラソン/国際盲人マラソンかすみがうら大会

●4月21日の日記:霞ヶ浦マラソンで盲人ランナーの伴走をした

茨城県龍ヶ崎市:山崎さん(2003.1.7掲載)


4月21日(日)曇のち雨

霞ヶ浦マラソンで盲人ランナーの伴走をした。

今まで各地のマラソン大会に参加してきたが、趣味で走るだけでなく自分の走りを少しは人様のために役立ててみたいと思って昨年、盲人マラソンの伴走ボランティアに応募した。

応募者の中から走力や身長を勘案して伴走者が選定されるとのことであり、昨年は選に漏れたが、今年は首尾よく組み合わせが決まり、3月初旬に大会本部から通知を受けた。喜んですぐに相手の方と連絡をとった。その方は、岩手県から参加する48歳の全盲の○○さんで、フルマラソンを4時間以内で完走することを目標にしているそうだ。走力の面からは1時間くらいの余裕はあるものの、慣れない伴走なので万が一私がバテたら申し訳ないと思い、自分がレースに出るのと同じくらいの練習を積んで、今日にに臨んだ。

昨晩から会場近くのホテルに泊まっていたという○○さんは、今朝待ち合わせ場所の大会本部受付に一人で白い杖をついてやってきた。盲人マラソン大会の常連の○○さんは他の盲人ランナーや伴走者、ボランティアの人達に顔が広いらしく、受付付近で出会った知り合いと親しく再会を喜び合っている。

私は初対面の挨拶をし、○○さんに肩につかまってもらって、大勢のランナーで混雑するグラウンドを横切って、盲人ランナーの控え所に向かった。私が「段差があります」と言うと「登るの、降りるの?」と聞かれる。恥ずかしながら私は、盲人の方を誘導して歩くのは初めてなのである。

○○さんと一緒に行ったウォーミングアップは、初めて伴走する私にとっては誘導の練習のようなものであった。盲人ランナーと伴走者は輪になったロープを握って併走するのだが、ロープを持つ互いの内側の腕を同じリズムで振らなくてはならないので二人三脚の要領で足を合わせる。スタート直後は混み合うのでロープを二重にして短く持ち、広い道路に出たら長くする。道を曲がるときは10b前で予告する等々、教わることばかりだ。

ランニングシャツに着替えて、スタート位置へ行くと、道路いっぱいに6000人もの参加者が延々と並んでスタートを待っている。盲人ランナーは右側の列の先頭付近に並ばせてもらえる。左側には海外からの招待選手の顔も見え、こんなに前の方にいたら後ろから押されて危ないのではないかと心配したのだが、一般のランナーは盲人ランナーにぶつからないように走ってくれるので、無事にスタートできた。

景色を眺めながら走れば気も紛れるが、何も見えない○○さんが4時間も走り続けるのはさぞ苦しいことだろう、できるだけ沿道の景色を伝えて気を紛らわせてあげよう、と小まめに周囲の様子を話したつもりである。

前の走者の足音が近づくのが聞こえるのか「登りだから前がつかえていますね」と○○さんの方から言われる。ほとんど気にならなかったが、そう言われてみれば緩やかな登り坂である。さらに、「ここは橋でしょ。下は常磐線かな」。よく見ると下は線路である。私も過去2回この大会を走ったが、橋の下が川なのか鉄道なのか気にしたこともなかった。

「いい風が通るね。右は畑かな」。いつの間にか街並みが切れて右側に田園風景が広がり、微風が吹いて来る。

「この林にはウグイスがいるんだね。さっきも鳴いていたけれど」と言われたとき、私にも道路脇の新緑の中からウグイスのさえずりがかすかに聞こえたが、その前にもどこかで鳴いていたというのには気が付かなかった。

霞ヶ浦に面した道路に出ると「ドブ臭いね。土浦名産のレンコンはこの辺りで栽培しているんでしょ。その向こうに湖が広がっているんだよね」。臭いで分かるそうだ。

音だけでなく、道路の状況やちょっとした空気の流れの変化からまわりの景色を感じ取って、私に教えてくれる○○さんは、私が気付かずについ見逃してしまう景色の小さな変化もしっかりと感じ取っている。

○○さんには沿道の景色が見えない、と思っていた私が浅はかであった。私が景色を説明するより、○○さんが感じたことを話してくれたことの方がはるかに多い。

○○さんには私に見えないモノが見えている。そして私よりもはるかにこのコースを楽しんでいる。

朝初対面の挨拶をした際○○さんは、「岩手も今年は暖かくて、里ではもう桜は散ってしまった。山の方はまだ残っているけど」と言っていた。誰かに聞いた話をしているのだろうとその時は思っていたが、一緒に走ってみて、この人は山や里の桜を心で見ることができるのだ、と確信した。

5キロごとの距離表示を見て私が「この5キロ25分20秒、3時間40分台のペースです」などと声をかけると「いいのいいの、ゆっくりゆっくり」と言ってほとんど取り合わない。後半雨が降り出すと「涼しくて元気が出るね」と笑い、近くを走る知り合いの盲人ランナーの声が聞こえると、冗談交じりで健闘をたたえ合う。30キロを過ぎて疲れて歩いているランナーがいると、息づかいで分かるのか「頑張れ」と声をかけて抜いていく。自己ベストに近い3時間57分で走りきったのだから、楽なペースではないはずなのに、沿道の声援の全てに大きな声で応えている。

マラソンというのはこんな風に楽しむものだよ、と教えてくれているかのようだった。

今までの私のマラソンを振り返ると、5キロ毎の通過タイムに一喜一憂しながらひたすら目標タイムを追い求め、ゴール後に途中のタイムは鮮明に覚えているのに、眺めていたつもりの沿道の景色はぼんやりとしか思い出せない。後半になると沿道の声援に応える余裕もなく――多分無愛想な顔をして――駆け抜けるのが常だった。「楽しんで走っている」とは口だけで、実はマラソンの本当の楽しみを知らなかったのかもしれない。

○○さんのようにマラソンを楽しむ「市民ランナー」を是非目指したいものだ、と思った。


管理人より
○○選手の伴走者として参加された山崎さんが「bansoメーリングリスト」に投稿された物を、ご本人のご了解のうえ掲載します。

                    

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